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朝露のきみ

onei

 あさしぐれ【朝時雨】
 朝方に降ったり止んだりするあまり強くない雨。


 鳥の鳴き声が聞こえた。
 反射的に外は晴れているのだと思ったのだが、耳をそばだてるまでもなく静かな雨音がしとしとと音を立てていたので「なんだ、また雨か」と少しうんざりする。
 昔、雨が似合うと言われたことがある。
「なんかお前、同い年のやつらに比べたら落ち着いてるだろう。別に暗いってほどじゃないけど。太陽の下でサッカーしてるより、雨の中音楽聴いてる方がそれっぽい」
 それっぽいとはどういうことなのだろう。というか、自分はサッカーよりもバスケの方が好きだ。そんな、見当はずれの返答をしたような気がする。
 どちらかというと雨はあまり好きではないので(すぐ頭が痛くなるのだ)、そんなことを言われても嬉しくなかった。別に喜ばせようとして言った訳ではないのだろうけれど。ただ、自分はいつまでもその人の言うことを覚えていてしまうので、雨が降る度に思い出す。
 この明度の低い空模様は、自分に似合っているのかもしれない。

 

 ベッドに寝そべったまま身体を窓の方へと向けると、カーテンの隙間から明かりが漏れていた。どうやら本降りの雨ではないようだ。昨日の夜から降り続けていた雨が、名残惜しそうに降り止むのを躊躇っているような天気だった。その証拠に、太陽は空の主導権を返せとばかりに雲間から顔をちらちらとのぞかせている。
(暑くなりそうだな)
 雨が降った後は一際暑くなる。そう考えただけで、これから始まる一日にうんざりしそうになった。ベッドサイドに置かれている時計に目を向けると、午前六時を過ぎた頃だった。まだ寝ていたいけれど、身体はもう動きたがっている。
 彼には悪いけれど、俺は雨の中静かに音楽を聴くのと同じくらい、陽の下で身体を動かすのも好きなのだ。自分の横で眠っている、雨が似合うとのたまった男の方を振り向く。熟睡している彼の寝顔はあどけなくて、可愛くて、自然と頬に手が伸びていた。
「行ってきますね、プレーム先輩」

✳︎

 走り始めた時はわずかに夜明けの気配を帯びていた空気が、帰って来る頃にはすっかり一日の始まりのそれに変わっていた。そんなに長い時間走っていたつもりはなかったのだが、朝の時間はいつも移り変わりが早いように思う。世間の他人たちはもう起き始めていて、学校や会社に行くためにばたばたと準備をしているのだ。
 弾む息を整えながら、アパートのドアを開ける。ただいま、と独りごちるワードの鼻に、卵が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

「おはようございます、先輩」
 足早に台所まで行くと、Tシャツにトランクス一枚というラフな格好をしたままフライパンを握る彼がいた。髪は寝癖がついていて、起き抜けであることは一目で分かる。
「おかえり、ワード。…って、おいお前、なんでそんな濡れてんだよ」
 こちらを見た途端ぎょっとした顔をする彼が可笑しくて、「先輩は知らないかもしれないけど、外は雨が降ってるんですよ」と少し意地悪く教えてあげる。
「雨?…晴れてるじゃん」
「ちゃんと外見て。太陽は出てるけど、まだちょっと小雨が残ってて、」
 外を見ろと言ったはずなのに、プレームが腕を伸ばしたのはワードの髪だった。髪先から滴る水滴を掬いとるように人差し指でなぞり、濡れてる、と咎めるように呟く。
「なんか、触り方が…」
「やらしい?」
「うるさい」
 外はもう朝の空気でいっぱいだというのに、この人の周りだけはまだ夜が漂っているような気がした。朝食の匂いがこんなにも充満しているのに。自分にとっての彼は、こういうあべこべなところがある。

「火、止めたら」
「なんで」
「もっと俺に、触りたいのかと思って」
 そう告げると、相手は思い切り顔を顰めて、それから「バーカ」とたしなめるように笑った。そうしてほしいのは果たしてどちらなのかと、揶揄うような声色だ。
「それよりお前、早くシャワー浴びてこいよ。そのままだと風邪引くぞ」
 言われてみればその通りだった。ランニングを終えて、汗と雨で身体が冷え始めている。素直にシャワールームへ向かおうとするワードに、「てか、雨降ってたんだったらランニングなんて行かずに静かに隣で寝てろよ」となんでもないような声が投げかけられる。
「でも、もう雨止みそうだったんですよ」
「実際止んでねぇじゃん」
 なんだか拗ねたような声色が可愛くて、改めてプレームの顔を見ると、本当に拗ねた表情をしていたので面食らってしまった。シャワールームに向かいかけていた身体をプレームに向き直して、彼の顔を躊躇なくまじまじと見つめてみる。

「起きた時俺がいなくて寂しかったんですか?」
「アホか」
 瞬殺された。でも、フライパンに視線を注ぎ続ける彼の顔は呆れてはいなかったので、自分の発言は案外的外れではなかったようだ。
「ねぇ、プレーム先輩。やっぱり火止めてよ」
 てっきり「嫌だ」と突き返されるかと思っていたが、予想に反して彼は素直に火を止めた。これは誰も知らないことなのだけれど、プレーム先輩は恋人には一等優しいのだ。
「思い通りにならない男でごめんね」
「は?」
「俺は、雨が降ってたら音楽を聴くよりも身体を動かしたくなるタイプなんです」
 昨日の夜も、そうだったでしょ。
 冗談半分でそう付け加えると、彼はじわじわと顔を赤くして黙ってしまった。あなたに雨が似合うと言われたこと、もしかしたら自分が思っているよりも腹が立っていたのかもしれない。太陽の下をあなたと歩く自分が居たって、いいじゃないか。

「よくわかんねぇけど」

 そう前置きをしてワードに向かい合う彼は、寝癖もついてるし下はトランクスだし、格好悪いところはいくらでも挙げられるはずなのに、それらを全てすっ飛ばして最高に格好いい。
「身体動かすのがいいっつうなら、尚更俺の隣にいろよ。起こしてくれれば、朝からでも頑張れるかもしれないだろ」
「え…元気だなあんた…」
「先輩を馬鹿にするなよ、ワード。起きた時に、恋人にいなくなられてる間抜けな男になるくらいなら、朝から恋人を抱き潰すくらいの男気を見せたいだろ」
「ははっ!朝から抱き潰されたくないんですけど」

 でも、雨音を放ったらかしてこの男に夢中にされるのは、とても気分が良さそうだ。
 こんな毒にも薬にもならない会話をしている間に、雨はいつの間にか止んでいた。窓から差し込む日差しは強いものになっていて、今日は暑くなる予感がする。
 けれどもう、さっきほどそれが嫌じゃない。

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